以前、叔父が大切にしていた手帳を見せてもらったことがある。戦前の生まれで、戦後の高度成長期を順当に駆け抜けた人である。その若かりし20代の頃の手帳だ。今でも時折、読み返すとのことだ。
年代物と呼ぶに相応しい手帳
革の表紙は所々擦り切れて、見返しの台紙も外れかけていた。手にする時に、手の平と指の腹が当たる付近は、艶を残し、いかにその手帳に触れ、愛情を持って使っていたかが想像できる。枯れながらも深みを増し、熟成を超えた革の表情は年代を感じさせていた。まさに年代物と呼ぶに相応しい手帳だ。
そしてノートの紙の端々は摩耗し、特にページをめくる下の方は、その様子が顕著で、また、黒ずんでいた。千切れたため、挟み込まれた幾つかのページの中には、セピア色に焼けているものもあった。それは確かに時間の経過を伝えていた。裏映りも気にせず、万年筆で書いてある。ところどころインクの染みがあったが、それはそれで、趣を感じさせる。記録した日付を入れて、自分の考えや、思いついたこと、そして心に残る出来事も書いていたようだ。
育てたいと、その時、思った
彼は、何度この手帳を読み返したのだろうか?読み返しては古き良き時代を懐かしみ、記録の積み重ねからは、時に新たな発見もあるだろう。何度も読み返したくなり、時間の経過がたっぷりと浸み込んだ年代物の手帳に自分も育てたいと、その時、思った。
年代物の手帳に育てるのに相応しい手帳を作るべく、当初、色々と職人さんや製本会社をあたり、試作を何冊も作ったがなかなか思うようなものが出来なかった。ようやく、モノ作りに拘りを持ち、丁寧な仕事ぶりで、さらに技術面でも評価の高い、仙台在住のグラフィックデザイナー兼製本作家、ハンドメイド本革手帳として名高い「吉野手帳」を手掛ける・吉野浩氏に辿り着き「Vintage(ヴィンテージ)」を作っていただくこととなった。
製本はとても開きの良いパピヨン綴じを採用。パピヨン綴じとは、源流をブリュッセルに持ち、装幀家の栃折久美子さんが考案した、アンティークな製本方法だ。強度があり、美しく綴じ上がり、スムーズにノドまで開くのが特徴。吉野氏は製本始め、革の細工まで全てを独学で取得したという。この拘りが美しい手帳へと昇華させるのだ。
また材料にも拘っている。丁寧に塗られた美しい小口染めは革と同様、植物性の天然染料を塗布し、しっかりと定着できる背固めの糊は自分で配合した中性のものを採用している。使用者が安心して使えるよう配慮しているのだ。
表紙の山羊革はシボが小さくで美しく、摩擦にも強く丈夫で傷が付きにくい。そして長年の使用に耐え、使うほどに味わいも深まり、経年変化を楽しめる。見返しには年代物然とした風合いのある、マーメイド紙を採用した。
本文の紙にはインクの滲みや裏抜けが少なく、滑らかに書けるように筆記性に特化して配慮された『トモエリバー文具用(FP)68g』を採用。一般的に手帳に良く使われている52gより少し厚みを持たせ、さらに裏映りがしにくいように開発されたものだ。よってこの紙は万年筆と、すこぶる相性が良い。そして68gであっても断然他の紙より軽いのだ。
※制作時期によってしおりの色が異なります。あらかじめご了承ください。
罫線は6mm間隔で、文字の邪魔をしない自然なセピアカラー。ページは320ページとたっぷりと書き込め、ページの右端上には日付が書き込みやすいようドットを配した。しおりも2本付けてあるので用途が広がり便利だ。
表の帯にはシリーズ名である「Vintage(ヴィンテージ)」と当店オリジナルブランド「Pent(ペント)」のロゴ。手帳の仕上げに帯封(おびふう)を付け、いにしえの雰囲気と高級感を漂わす銅色の封蝋でスタンプを施した。こうして年代物の手帳に育てるに相応しい、こだわりの手帳が出来上がった。